HANA-MOMO’s diary

日々の思いを思いのままに・・・ ぼちぼち書いていきますのでよろしくお付き合いくださいませ。

きっかけは・・・

おにさん、おにさん、手の鳴る方へ・・・

今日も1日冷たい雨がふってました。 静かな夜に幼いあの頃を思いだす。

私の生家は、兼業農家でそんなに裕福な事はなかった。父の口癖は「おまえたちが勉強するのに必要なお金はあるからな!」 私の成人を待たずに逝ってしまったが父なりに私たち姉弟。女の子は可愛いのか私には愛情を注いでくれた。勉強も良くみてくれた。厳格な父だったが私は父がきらいではなかった。自分がすっぽり収まるような父の作業ジャンパーにくるまって父の少しタバコ臭い匂いに安心して寝入った小学校に上がる前の私がいた。

私の料理の先生は お祖母ちゃんだった。洒落た料理を教えてくれるわけではなかったが 魚の卸し方 チラシ 稲荷 鯖寿司 巻き寿司 おひたし 豆腐を手のひらの上で切りお味噌汁にいれるのも・・・

お祖母ちゃんは何でも家で作った お味噌 奈良漬け 梅干し 古漬け 糠漬け・・・

私はお祖母ちゃんのすることを横について習った。 

その頃学校は土曜日はお昼までで終る お昼、家に帰るとお祖母ちゃんは台所を私に解放してくれた。好きな物を作って食べてよい。卵焼き 焼き飯 今もたまにお目にかかる マルシンハンハーグにマヨネーズとお醤油を付けてたべるのがだいすきだった。そして土曜日と日曜日の夕御飯は私に作らせてくれた。カレー コロッケ おでん 煮物 煮付け 焼き魚 私が作った日は 父が誉めてくれた。父に誉められたくて作っていたような気がする。

小学校六年生の春 私は家の人以外の人に初めて料理を振る舞った。担任の先生だった。給食でほうれん草のおひたしが出たとき 大好きな担任の先生がほうれん草のおひたしが好きなことを知った。私はお祖母ちゃんに教えてもらい作ってパックにいれ紙袋にいれ学校に持っていった。お祖母ちゃんはリンゴをデザートにと一緒に紙袋にいれてくれた。ドキドキしながら先生に渡した。先生は喜んでくれた。林檎を剥いて友達も交えて食べさせてくれた。

中学校にあがった年 お祖母ちゃんはあっけなく逝った・・・わたしはあまり料理をしなくなった。でも料理をすると時 やっぱり父の反応が気になった。そして必ず父は誉めてくれた。その父もあまり私の料理を楽しむ事はできなかった。

今 パートナーは 私の料理を文句も言わず食べてくれる。誰かの為に料理を作ることは幸せなこと。

お祖母ちゃんごめん。 色々おしえてもらったのにね。 

料理!へったくそー。です。